江戸から何を受けつぎ、明治に何を生み出したか?

大・開港展 〜徳川将軍家と幕末明治の美術〜
横浜美術館

 2009年は横浜が開港してから150年、横浜美術館が開館してから20年という節目の年。その2つを記念して企画されたのがこの「大・開港展」です。

 展覧会は「徳川時代(末期)」「開港の時代」「明治時代」の3章から成り、それぞれの時代の絵画、工芸品、写真、衣裳、小物などの展示品が幅広い視点で集められています。

 ひとつ前の企画展(19世紀のフランス絵画展)と、同時代の日本を取り上げていますから、前回の展示をご覧になった方は、それを思い出しながら見て回っても面白いかもしれません。

 総展示数は223件(1件でいくつもの小物を展示しているため、点数ではなく件数で表記)。また、各方面から貴重な資料を借りていることから、期間中に部分的な展示替えを4回行うということです。

 見て回って強く感じたのは、数々の工芸品の素晴らしさ。当時、欧米の富裕層の間で日本の美術、工芸品は非常に人気が高かったわけですが、その理由は展示された工芸品の数々を見るだけで即座に理解することができます。

 以上のような内容のこの「大・開港展」。伝統工芸品に興味がある人、江戸末期から明治初期あたりの歴史ファンという方にとっては、非常に楽しめる展覧会となっています。

●オープニングのテープカット

 以下、各章ごとにいくつかの展示品を紹介していきます。

第1章 徳川時代

 展示のスタートは、第11代将軍家斉にまつわる数々の品物から。

●動物や花などの飾物
 銀細工
 家斉所用
 江戸時代後期(18〜19世紀)
 徳川記念財団

 小さな豆人形

●豆人形
 江戸時代後期(18〜19世紀)
 高1.2〜1.5cm 幅0.9〜1.3cm
 徳川記念財団

 篤姫所用の小袖

●小袖 萌黄紋縮緬地雪持竹雀文様 牡丹紋付
 篤姫(天璋院)所用
 江戸時代後期(19世紀中頃)
 丈175.0cm 裄61.0cm
 徳川記念財団

第2章 開港の時代

 開港の時代というタイトルのこの章では、当時の写真や資料的な展示物が数多く展示されています。

 歌川貞秀が描いた当時の横浜港の様子。

●歌川(玉蘭斎橋本謙)貞秀
 御開港横浜之全図
 万延元年頃(c.1860年)
 多色木版(錦絵)
 67.8×189.8cm
 Ryu Collection

 高川文筌によるペリー提督(いちばん右の人物)らを描いた秘図。

●高川文筌
 米利賢人等写真図
 安政元年頃(c.1854)
 紙本着色、巻子
 29.4×124.6cm
 真田宝物館

 米国総領事ハリスの着任を祝い13代将軍家定が贈ったとされる和菓子の復元資料。高さ三尺ほどの箱の中には「砂糖や、米粉や、果物や、胡桃などでつくった」菓子が入っていたということです。

●ハリスの接待菓子(復元)
 福留千夏氏復元製作 株式会社虎屋協力
 平成19年(2007)復元
 高24.0 幅41.0 奥行47.0cm
 玉泉寺ハリス記念館

 やたらと大きい「日本政府之印」。

●鋳鉄製焼印「日本政府之印」
 江戸時代末期(19世紀後半)
 総高8.5 縦9.0 横9.0cm
 徳川記念財団

 万延元年(1860)、プロイセンが派遣した日本使節団が14代将軍家茂に献上した磁器透かし絵。大理石を刻んで凹凸をつくるリトフェインという技法を用いて製作されたこの透かし絵は、下から光を当てると陰影をたたえ、王家ゆかりの名所をくっきりと浮かび上がらせる仕組みになっています。

●磁器透かし絵「プロイセン王家ゆかりの名所絵」
 プロイセン王国特派全権公使オイレンブルク伯爵献上
 19世紀
 ベルリン王立磁器製陶所(KPM)製
 磁器リトフェイン、ガラス(全19枚)
 徳川記念財団

第3章 明治時代

 多様な扉や引き出しが内蔵された複雑な構造のライティング・ビューロー。全体がさまざまな文様を組み合わせた寄木細工で覆われており、象嵌細工や透かし彫りなどで装飾されています。本作は輸出用として制作されたもので、明治の日本の木工技術の高さを見ることができます。

●ライティング・ビューロー
 明治時代(19世紀末)
 寄木細工
 高181.0 幅153.0 奥行75.3cm
 金子皓彦氏

 江戸時代の将軍や諸大名、豪商の庇護のもとで美術工芸の高い技術は培われました。ところが職人たちは、幕藩体制から明治国家にいたる政権の変動のなかで、かつての顧客を失ってしまいます。しかしその職人たちが、やがて輸出工芸を担い、西欧を魅了するようになっていきます。

●大関
 花鳥芝山象嵌香炉
 銘:真凌 大関製
 明治時代(19世紀後半〜20世紀初頭)
 銀、芝山細工、純銀、四分一、金・赤銅象嵌
 高31.0cm
 清水三年坂美術館

 森村組の創始者森村市左衛門は開港直後から横浜で西洋雑貨の販売をはじめます。明治9年(1876)に森村組を創立し、ニューヨーク支店(モリムラブラザーズ)を開き日本の骨董や陶器を輸出販売を開始します。明治35年(1902)には、その森村組が日本陶器合名会社(現ノリタケカンパニー)へと発展します。
 森村組、日本陶器合名会社により、明治から昭和初期にかけて製作され、主にアメリカに輸出された洋風陶磁器を総称して「オールドノリタケ」と呼んでいます。

●森村組(現ノリタケカンパニーリミテド)
 金彩クイーンルイーズ絵大花瓶
 明治22〜44年(1891〜1911)
 磁器
 高45.8 幅16.7cm
 家高利康氏

 チャールズ・ワーグマンは、「イラストレーテッド・ロンドン・ニューズ誌」の特派員画家として文久元年(1861)に来日。五姓田義松や高橋由一に本格的な西洋画の技法を伝授しました。

●チャールズ・ワーグマン
 街道
 明治5年(1872)
 油彩、カンヴァス
 34.8×62.7cm
 神奈川県立歴史博物館

 五姓田義松「五姓田一家之図」。五姓田義松の実母勢子が、父芳柳と離縁し、横浜で義松と同居を始めた明治3年(1870年)以降の制作と推定される作品です。

●五姓田義松
 五姓田一家之図
 制作年不詳
 油彩、紙
 26×37.0cm
 神奈川県立歴史博物館

 浅井忠は明治33年(1900)から2年間パリに遊学しますが、本作はそれ以前、洋画不遇の時期に描かれた作品です。

●浅井忠
 八王子付近の街
 明治20年(1887)
 油彩、カンヴァス
 42.7×61.2cm
 愛知県美術館

 帝室技芸員による鼠の置物。帝室技芸員(明治23年に第1回任命)は、帝室(現・皇室)が、美術奨励を目的に、その美術家が終身優等であると認めた栄誉職で、美術家にとっては当代最高の名誉でした。初期の任命は、画家の他、彫刻、彫金、織物、七宝、蒔絵など工芸の分野から多く選ばれ、万博出品作の制作委託を受けるなど、我が国を代表する美術家の役割を担いました。

●香川勝廣
 鼠置物
 明治時代(20世紀初期)
 四分一、稲穂は金・銀、鋳造
 5.7×12.5cm
 東京藝術大学

 並河靖之による桜蝶図平皿。並河靖之(1845〜1927)は、京都に生まれた七宝作家。黒色透明釉の発明で名高いが、モスグリーン、アイボリーなどを地色にした美しい作品も数多く生み出しています。

●並河靖之
 桜蝶図平皿
 明治時代(19世紀後半〜20世紀初頭)
 有線七宝
 径24.6cm
 清水三年坂美術館

 以上、展示品のごく一部を紹介しましたが、展示件数は223件とかなり多く、冒頭でも述べた通り、工芸ファン、歴史ファンにはかなり楽しめる内容となっています。

 興味のある方はぜひどうぞ!

 横浜美術館公式サイトはこちらです。

※上記内容は「大・開港展」カタログを資料とし、NPO法人公共情報センターが再構成したものです。

2009年9月27日(日)