国立新美術館の「マン・レイ展」。最終日に駆け込み鑑賞してきました。

マン・レイ……。
写真家として有名ですが、絵画、彫刻、オブジェなど、幅広くアートに関わった20世紀美術のパイオニアのひとりと言われています。
現代アートにうとい私でも、写真やオブジェのいくつかは目にしたことがありますから相当有名な方です。しかし当然私は、生涯を通してどのような活動をしたのか、というところまでは知りません。
今回の展覧会はそんな私にうってつけ。出品リストによると、全部で410点もの作品やら資料やらが展示されていて、マン・レイの主要な活動が網羅されているというのですから。
写真作品はかなり魅力的です。一方、デッサンや油彩、リトグラフなどの作品は、ちょっと「う〜〜〜む」という感じ。私のような素養なき者には理解不能といったところでしょうか。
そのほかのオブジェやらチェスのセットやら何やらいろいろは、けっこう楽しめました。
4本ほど上映されていた映像作品は(1本しか見ませんでしたが)、まあ1920年代の制作ですから内容はともかく、つくったこと自体を評価したいと思います。
と、淡々と書いていくと、なんともつまらない展覧会のように感じてしまいそうですが、けっしてそんなことはありません。最初のうちは、「あれ、あれれっ」という感じがするんですが、しばらく見ていくうちにいろいろ考えさせられることが出てきて、全部見終わったあとはちょっと現代アートがわかったような楽しい気分になれる。そんな展覧会でした。
ところで、私がこのマン・レイ展を見て、何を考えさせられたかというと、
「どうしてマン・レイは、これほど有名になることができたのだろうか?」
ということでした。
マン・レイの成功は、さまざまな要因が複雑に重なり合い作用した結果であることは言うまでもありません。しかし、ここでは2つの要因に注目したいと思います。
まずひとつ目の要因は、マン・レイが生来持ち合わせていた人間性です。
おそらく彼は人当たりが良く、周囲にいる人たちを飽きさせない術を心得た、非常に楽しい人物だったと思われます。彼が最初に写真家として認められたことや、常に女性にモテていたことからそれがわかります。
人物を撮影するカメラマンは、モデルを瞬時にリラックスさせたり、笑わせたり、思い通りのポーズをとらせたり……つまり被写体に好かれなければつとまりません。
「は〜い、ニッコリしてくださ〜い」「そ〜、最高ですよ〜」「もうちょっとだけ、あごをひいてくださ〜い」「おお〜、素っ晴らしいなぁ〜」てな感じです。
あるいは、合コンなどでいつの間にか、女の子を一人占めにしているうらやましい奴がいますよね。それでいて男友達にも嫌われないというなぜか憎めない奴。たぶんマン・レイはそんなタイプの人物だったのでしょう。
彼は、その特技というか人間性をフルに生かして、マルセル・デュシャンの親友となり、ピカソとも仲良くなり、着々と人脈を広げていきます。おそらく多くの著名人にとってマン・レイは気の置けない楽しい仲間といった存在だったのでしょう。
そうなればしめたもの、チャンスはいくらでも舞い込みます。
しかしもちろん、それだけで成功できるほど、世の中甘くはありません。
二つ目の成功の要因は、マン・レイが卓越したアイデア・マンであり、なおかつ実践者であったということです。
それは、写真による新たな表現技術をいくつも生みだしたという事実や、オブジェなどの多彩な作品から伺い知ることができます。
人づきあいの上手なマン・レイは、いろいろな人と話すなかでアイデアを生みだしていったに違いありません。それは、相手にいい刺激を与えることになると同時に、自らの宣伝にもなったはずです。
マン・レイの友人知人たちが、あちこちで何かあるたびに「マン・レイっていう面白い奴がいるから今度紹介しようか?」という話しをするわけです。そして新たに紹介された先の人たちも皆、マン・レイが好きになり、そして彼から愉快なアイデアを聞かされる。
そうやってマン・レイは自らの地位を築き上げていったのでしょう。
冒頭にも書いたように、マン・レイは20世紀美術のパイオニアのひとりと言われています。しかしただ単に作品を眺めているだけでは、なぜ彼がそのような絶大な評価を得ているのか理解することはできません。なぜならマン・レイの作品からは、多くの偉大な芸術作品から感じられる、あのアウラ(オーラ)をほとんど感じることができないからです。
その理由は、マン・レイのアートに関する考え方からひも解くことができます。
展覧会図録に以下のような記述を見ることができます。
〈彼にとって重要なのは、モノとしての作品ではなく、それを生みだすためのアイディアや概念であった。だからこそ彼は多くの作品を制作し、記録用の写真を撮り、その後はそれを紛失してしまったり、時には自らの手で破壊することすらあったのだ。作品に至るまでのアイディアや概念は、その「記録」の中にある。ひとつのオリジナル作品よりも、大量に複製することで、そのアイディアや概念をより広く流布することが可能となる。こういった考えは、20世紀美術におけるマン・レイの大きな功績のひとつである。〉
この説明だけでは分かったような気にはなりますが、なんだかまだ少しあやふやな気分です。同じく展覧会図録に面白くて分かりやすい実例が出ていたので、それを紹介しておきます。実は私も図録のこの部分を読んで目からうろこでした。
マン・レイの作品の中に《破壊されるべきオブジェ》というのがあります。有名な作品なのでご存じの方も多いと思いますが、メトロノームの振り子に、写真から切り抜かれたリー・ミラー(一時期マン・レイの恋人だった女性)の目が付けられたものです。
この作品、私がよく行く横浜美術館に所蔵されており、しかも常設展示されていることが多いので何度も目にしていました。調べてみたら、なんと写真まで撮っていました。

ところが私はこの作品を見るたびに「なんじゃ、これ」とか「変なの」くらいの感想しか持っていませんでした。横浜美術館さんには申し訳ありませんが(いくらするのか知りませんが)「高い金だしてこんなもの買うなよ」とほんの少し思っていたくらいです。
しかし、作品のコンセプトを知ってしまったいまは「もしかするとこの作品は一家にひとつ必要かもしれんぞ。レプリカでも効果は変わらんから、うちにもひとつ買うか」とまで思うほど私の中では重要な作品へと格上げされたのです。
それで、その作品のコンセプトというのは……。
以下、展覧会図録から抜粋します。
〈マン・レイによると、この作品の先駆となる作品は1923年に作成された。これを彼は《破壊のオブジェ》と名づけ、1932年に発行されたシュルレアリストたちの雑誌『ジス・クォーター』誌上で発表した。作品はドローイングで描かれ、そこには以下のような「指示書」が付けられている。「愛していたのにもう会えない人の写真から、眼を切り抜く。それをメトロノームの振り子に取り付け、好みのテンポになるように重りを調整する。忍耐の限度までそれを鳴らし続ける。金槌で狙いを定め、一撃でそれを破壊する」〉
読んでからしばらく笑いが止まりませんでした。いいじゃないかマン・レイ。さすがだよマン・レイって感じですか。
確かにこの作品にとって重要なのは、アイディアであり、概念です。オリジナリティなどまったく関係ありません(だって壊しちゃうんですから)。マン・レイ自身もこの作品を相当気に入っていたのでしょう。かなりの数のレプリカを作成したそうです。
残念なことに勉強不足である私では、今回の展示品の多くに込められたマン・レイのアイディアや概念を、ほとんど読み解くことができませんでした。しかし「きっと何かあるぞ」と思いながら、展覧会図録を見直していると、作品ひとつひとつがまた違ったものに見えてくるような気がするのです。
それを実感したいま、確かにマン・レイは「20世紀美術のパイオニアのひとり」だったのだと納得した次第です。
■ご注意
本レビューは、実際に展覧会を鑑賞した上で、主に展覧会図録を資料として内容を構成しました。作品名や数字などの動かしようのない事実は、きちんと調べた上で表記するよう心がけました。万が一誤りがございましたらご一報ください。
その他の多くの部分は、すべて私的な考えの記述です。なんら裏づける事実はございませんので、その点を念頭に置きお読みいただければと思います。