ハムラビ王によりメソポタミア全域は、はじめて統一されました。またハムラビ王は、「目には目を」という有名な一節によってよく知られるハムラビ法典をつくったことでも有名です。
南部メソポタミアを統一したハムラビ(前1792〜50年)の治世から、ヒッタイト王によるバビロン占領(前1595年)までをバビロン第一王朝時代と呼びます。
ハムラビ法典は石に刻まれ、誰でも読むことができるように神殿の中庭に置かれていました。
誤解している人が多いのですが、ハムラビ王は決して新しい法律を制定したわけではありません。既存の法律を編纂して公表しただけなのです。
ハムラビ法典がそれまでの法典と異なったのは、全282条というその長さと、みごとな構成にあります。ハムラビ法典は、賃金、離婚、医療費など実にさまざまな問題を網羅していました。
ハムラビ法典がもっとも詳細にとりあつかったのが、家族、土地、商業という三つのテーマでした。その内容を見ると、当時の社会がすでに親族のきずなや共同体、村長による支配では統制できない段階に達していたことがよくわかります。
法典を刻んだ石柱は現在ルーブル美術館に保存されています。
わけあって、しいたげられた者を
わが彫像の下にまねき
石柱に刻まれた言葉を注意深く読ませよ
【ハムラビ法典】