古代エジプト文明の数々の偉業は神政国家のもとで達成されました。この国家の形態そのものがエジプト文明をあらわしているといっても過言ではありません。
またエジプトでは、都市が発達しませんでしたが、それは政治的にも重要な意味をもっています。つまりエジプトの王はシュメールの王とはちがって、都市国家の代表から指導者になっていったわけではないのです。王も民衆も、シュメールのようにただ神々に服従する存在ではありませんでした。王宮と神殿のあいだに対立関係はなく、国王に対抗するものは最初から存在しませんでした。つまりファラオは神々の僕ではなく、神そのものだったのです。
「ファラオ」という言葉が王をさすようになったのは新王国時代のことでした。それ以前は「大きな家」、つまり宮廷を意味する言葉だったのです。とはいえ、エジプトの君主が早い段階から古代世界有数の権威を持っていたことに変わりはありません。初期の記念建造物に刻まれた王たちの大きさからも、その権威のほどがわかります。
この権威の起源は先史時代にまでさかのぼります。先史時代の王たちは、もともと豊作と繁栄をもたらしてくれる神聖な存在と考えられていました。古代エジプトでは、豊作と繁栄をもたらすのはもちろんナイル川ですが、その水位をあやつるのがファラオだと考えられていたのです。ナイルのほとりで暮らす人びとの生活は、そのすべてがファラオの手にゆだねられていました。わかっているかぎりでは、エジプト王がとり行った最古の儀式は、豊穣と灌漑と土地の開拓に関する儀式でした。