ポール・ドラロッシュ《パリ国立美術学校の半円形講堂壁画のための原画》
アカデミズム絵画の素晴らしさと限界

 「フランス絵画の19世紀展」の展示は、以下の4つのブロックに分かれています。

 1.アカデミスムの基盤——新古典主義の確立
 2.アカデミスム第一世代とロマン主義の台頭
 3.アカデミスム第二世代とレアリスムの広がり
 4.アカデミスム第三世代と印象派以降の展開

 横浜美術館の企画展はいつも右手のエスカレーターを上がった左側のコーナーから始まります。今回の展示で最初に目に入るのは、ドミニク・アングルの《パフォスのヴィーナス》。いきなり巨匠の作品と出会うわけですが、その後、前半3分の1くらいまでは何ということもなく進んでいくことができます。

 〈なんだか意味もなく裸の人が多いなぁ〉などと思いながら進んでいくと、

アリ・シェフェール《聖アウグスティヌスと聖モニカ》

アリ・シェフェール《聖アウグスティヌスと聖モニカ》が見えてきます(写真上の作品)。そしてそのあたりから、ぐいぐいとアカデミズム絵画の世界に否応なしに引きずり込まれていくのです。冒頭に感じた〈なんだか意味もなく裸の人が多いなぁ〉という違和感は、いつのまにかどこかに消し飛んでしまいます。

ポール・ボードリー《真珠と波》

 3番目のコーナー「アカデミスム第二世代とレアリスムの広がり」に展示されているアレクサンドル・カバネル《ヴィーナスの誕生》(図録によるとこの絵はレプリカということですが)、ポール・ボードリー《真珠と波》あたりの作品の美しさは言葉では表現できません。

 そして圧巻は、4番目のコーナーである「アカデミスム第三世代と印象派以降の展開」に展示されている作品です。特に黒田清輝が師事したというラファエル・コランの《フロレアル(花月)》には、しばし釘付けとなりました。下の写真がその作品ですが、当然のことながらこのような小さい写真を見てもまったく意味はありません。展覧会図録にも写真が出ていますが、残念なことに図録の写真でさえ本物の素晴らしさをまったく伝えていません。私は横浜美術館の回し者ではありませんが、本展はなんとしても実際に見に行ってもらいたい展覧会です。

ラファエル・コラン《フロレアル(花月)》

 最後のコーナーでは、見慣れた(と言っても、もちろん所有しているわけではありません)印象主義の作品が数点展示されています。ピサロ、シスレー、モネ、ルノワール、セザンヌ・・・。どの画家の絵もいつもどおり素晴らしく・・・。

 単純な私がただ単に、展覧会の仕掛けにはまり込んだだけなのかもしれませんが、大好きなはずのピサロの絵がなんとなく粗雑に見えるような気がします。自然の光を研究しつくしたはずのモネの絵に輝きが感じられません。

 う〜む、もしかするとこの感覚と似たようなものを、印象主義をなかなか認めようとしなかった19世紀の人々も感じたのでしょうか。いずれにしても写実的に表現する技術、細部までこだわりぬいた丁寧な作業、迫力ある大画面を創りだす構成力というような点では、あきらかにアカデミズム絵画の方が印象主義絵画よりすぐれていることを認めざるを得ません。

左:アルフレッド・シスレー《積み藁》
右:クロード・モネ《ジヴェルニーの積みわら》

 19世紀後半のアカデミズム第三世代と印象主義が交錯するこの時代に、写実主義絵画は技術面において最高点に達したのではないでしょうか。

 と、ここまでアカデミズム絵画を激賞してきましたが、この展覧会でもうひとつ実感できたことがあります。それはアカデミズム絵画がなぜ急速に印象主義などの新たな表現に取って代わられたかということです。その理由は三つあると思います。

 まずひとつ目は、写実的に表現する技術が行きつくところまで行ったことを肌で感じていた画家たちが、自らの技術を磨き上げることに限界を感じ、新たな表現に活路を見出そうとしたことです。

 そして二つ目。アカデミズム絵画は基本的に神話や聖書から題材を得ていましたが、それは表現の範囲を狭めることにつながりました。当時の画家は、描く対象をもっと自由に決めるためにも、新たな表現手法が必要だったのではないでしょうか。

 最後の三つ目の理由は、芸術を鑑賞する対象が宮廷や教会といった権威から市民に移ったことです。豪勢な造りで権威の象徴でもある宮廷や教会に飾るのなら、アカデミズム絵画は最適なのかもしれません。しかしいかに富裕層とはいっても一般市民の家庭に飾るには、アカデミズム絵画はいろいろな意味(大きさ、テーマなど)で適していなかったのではないでしょうか。

 私自身、今回の展覧会でアカデミズム絵画の素晴らしさを再認識しました。芸術的には、印象主義絵画を凌駕する点が多いとさえ感じました。しかしそれでも、もし自宅に飾るとしたらアカデミズム絵画は選びません。家が小さいというだけでなく、気分的にもモネやルノワール、あるいはお気に入りの現代アートの作品の方が我が家にはふさわしいと感じるからです。

 現代に於けるアカデミズム絵画は、美術館で見る芸術ということなのかもしれません。

2009年6月23日(火)