小さな声に耳を澄まそう

 わりと最近、気がついたこと。
 それは、 
 声高に主張される意見や大勢が支持する意見が、必ずしも正しいとはかぎらないということ。

 会議やセミナーなどたくさんの人が集まる話し合いの場において、自己主張の強い人が延々と意見を述べる姿をよく見かけます。どういうわけかそのような場合(もちろん例外はありますが)、話の内容はそれほど重要なものではありません。

 なぜそのようなことになるのか。
 よく考えてみれば当たり前のことかもしれません。人前で話すことが多い人は、内容を吟味し深めるよりも、どう話すか、どう伝えるか、ということに神経を配りがちです。そのうえ、伝えたいことが誰にでも通じるわかりやすいものであれば、話をシンプルにまとめることもできますが、理解しにくいことを説明しようとすると、自然と話はまわりくどくなってしまいます。延々と話すのは、自分の意見に対する自身のなさの表れとも言えます。

 反対に、世の中には主張するのは苦手だけれど、問題の本質を正確に捉えている人が大勢います。そのような人の中には、解決のヒントとなることを、いやそれどころか完全な解決策さえ持っている人もいます。

 問題なのは、自ら積極的に主張しようとしない人たちの声を、どうやって聞き出すかということです。
 いままでは、自分の意見をきちんと言わないなら、意見が通らなくても仕方がない。はっきり言わない方が悪い……、という考えが主流でした。

 しかしそれは間違いです。優れた意見を聞きたければ、

 “小さな声に耳を澄ます”ことが大切です。